2017年6月9日金曜日

橋本夜話2017:第3夜

コレクターからの預かりモノ

さて、現在クママンが保有しているマンガは、私のコレクションだけで構成されているわけではありません。
実に多くの人たちの思いが、積み重なって出来ています。


まずは八代の文化書房という、昔ながらの貸本屋さんから私に委ねられた5万冊があります。
体を悪くして、やむなくお店を閉めることになった。
そう、私に電話がありました。

「今まで自分たちの子どものように、大切にまもってきた本たちです。
あなたに委ねますので、できるだけ多くの人たちに読んでもらえるようにしてください」

今まで一度も本を処分したことがないというだけあって、倉庫に運び込むのは大変な作業でした。

最後の本を車に積んだ時、それを見送る貸本屋さんのご夫婦の、寂しそうな顔が今でも忘れられません。

あれから20年。
ようやく、あの時の約束を果たすことができます。


東京のコレクターから送られてきた本の量も、半端じゃありませんでした。

4トン車に満載されたマンガを、リフトで二階の倉庫に運んでいる様子は、まるでベルトコンベヤーに載せられた工業製品のようでした。

その数約4万冊。
一人のコレクションとしては、相当なものです。

インターネットが普及する前、マンガの新刊情報や漫画家のインタビューなどを載せて、マンガファンに大いに重宝された、
マンガ専門の「ぱふ」という情報誌がありました。
その編集長を長らく務めた、村石憲一さんが集めたコレクションには、60年代から現在までのマンガや雑誌、
それに「ぱふ」のバックナンバーが、いっぱいに詰まっていました。

村石さんが2014年に亡くなり、遺されたコレクションをどうにか有効利用してほしいと、
ご遺族の方から京都や東京のマンガ関連施設に、ご相談があったそうです。

しかしどこも収蔵庫がいっぱいで、受け入れるのが難しい。

そこで、クママンに打診がありました。

スペース的には問題はなかったのですが、ネックは最低で20万円はかかる、東京から熊本までの送料です。

ですが、ここで思いがけない提案がありました。
村石さんが編集長だった頃に、お付き合いのあった皆さんからの、
「少しずつお金を出し合って送料を工面する。熊本の方にご迷惑はかけない」というご提案でした。

こうして届けられた「村石コレクション」は、クママン倉庫に収蔵され、その多くは開館を控える
合志マンガミュージアムの棚に収められています。

できるだけ多くの人に、村石さんの本を読んでもらうことが、村石さんや応援して下さった方々の気持ちに
お応えすることになるのだと思います。

開館後の喧騒が落ち着いた頃に、村石さんを偲んで「ぱふの時代」展を開こうと、計画しているところです。




少女マンガの貴重なコレクションを数多くクママンに譲って下さった、大阪の小泉由美さんのことも
ご紹介しない訳にはいきません。
キララ文庫の時代から、ずっと応援していただいています。
少女雑誌、付録、単行本を次々に送って頂きました。

しかも、送料は小泉さんのご負担。

本当に頭の下がる思いです。

これまで、いくつかのマンガ関連の展示会に、クママンの資料を提供したことがありますが、
少女マンガ関連資料は、小泉コレクションの一部から使わせていただきました。

熊本で少女マンガの企画展をやる時には、その全てをお見せしようと計画しています。




このほかクママンでは、多くの人たちから、コレクションを受け継いできました。

この場を借りてお礼申し上げます。

これまで寄せられた皆さんの思いは、クママンがそれを受け継いで、次世代へ繋いでいきます。

みんなの思いがいっぱい詰まったアーカイブを目指していきますので、
今後ともクママンの活動へのご支援を、よろしくお願い致します。