さて、現在クママンが保有しているマンガは、私のコレクションだけで 構成されているわけではありません。
まずは八代 の文化書房という、昔ながらの貸本屋さんから私に委ねられた5 万冊があります。
体を悪くして、やむなくお店を閉めることになった。
そう、私に電話があり ました。
「 今まで自分たちの子どものように、大切にまもってきた本たちです。
今まで一度も本を処分したことがないというだけあって、 倉庫に運び込むのは大変な作業でした。
最後の本を車に積んだ時、 それを見送る貸本屋さんのご夫婦の、寂しそうな顔が今でも忘れられ ません。
あれから20年。
ようやく、あの時の約束を果たすことができます。
東京のコレクターから送られてきた本の量も、半端じゃありませんで した。
一人のコレクションとしては、相当なものです。
インターネットが普及する前、 マンガの新刊情報や漫画家のインタビューなどを載せて、マンガファ ンに大いに重宝された、
マンガ専門の「ぱふ」 という情報誌がありました。
それに「ぱふ」 のバックナンバーが、いっぱいに詰まっていました。
村石さんが2014年に亡くなり、遺されたコレクションをどうにか有効利用してほしいと、
ご遺族の方か ら京都や東京のマンガ関連施設に、ご相談があったそうです。
そこで、クママンに打診がありました。
スペース的には問題はなかったのですが、 ネックは最低で20万円はかかる、東京から熊本までの送料です。
ですが、ここで思いがけない提案があり ました。
村石さんが編集長だった頃に、お付き合いのあった皆さんからの、
「少しずつ お金を出し合って送料を工面する。熊本の方にご迷惑はかけない」というご提案でした。
こうして届けられた「村石コレクション」 は、クママン倉庫に収蔵され、 その多くは開館を控える
合志マンガミュージアムの棚に収めら れています。
お応えすることになるの だと思います。
開館後の喧騒が落ち着いた頃に、村石さんを偲んで「ぱふの時代」 展を開こうと、計画しているところです。
少女マンガの貴重なコレクションを数多くクママンに譲って下さった、大阪 の小泉由美さんのことも
ご紹介しない訳にはいきません。
少女雑誌、付録、単行本を次々に送って頂きました。
本当に頭の下がる思いです。
これまで、いくつかのマンガ関連の展示会に、クママンの資料を提供し たことがありますが、
このほかクママンでは、多くの人たちから、コレクションを受け継いで きました。
この場を借りてお礼申し上げます。